新婚旅行から帰った日から
わたしの苦痛の日々は始まりました。
最初は
主婦の先輩である
お義母さんに色々教えて貰おうと
軽く考えてたのですが
私自身、ほんとに家事が出来なかったんです。
実家の母は
ずっと看護士として働いており
夜勤もしていましたので
家族揃って食事をする回数も
あまりありませんでした。
中学生になるとクラブもありますし
母が作ってくれていたおかずを
自分で温めて食べていたのかな??
それもあまり記憶にないくらいなんです。
母自身、
こんな事を言うと申し訳ないですが
料理は超下手くそだったので(笑)
母の料理が正直思い出せません。
父は煮物とか作るのがとても好きだったので
毎日適当に食べていたように思います。
でもそれが我が家の普通だったので
なんとも感じていなかったんですね。
大きくなってからは
自分が両親を手伝わなければいけないのに
大した事はしなかったのです。
そこはほんとに反省でした。
何も出来ないままお嫁に行ったわたしですが
姑は料理が好きで
毎日夕方3時頃から
夕飯の用意を始めました。
わたしにすれば
頭の中が疑問だらけです。
まだゆっくり本を読んだりしてたいのに
もう夕ご飯の用意をするの???
何時間もかけて???
てな感じです。
そうそう!
朝も掃除に2時間掛けるのです。
「どんだけ拭いても変わりないんじゃない?」
という床を水拭きで2時間くらい拭くのです。
正直心の中でどんどんと
(めんどくさい)という気持ちが
膨れあがって行きました。
お買い物もね
ちゃちゃちゃっと買えば良いのに
時間を掛けるんです。
しかも
下着とか買いに行くと
袋に入ってる下着を
わざわざ開けて広げてみる。。。
当然買うんだろなと思うと
そのまま知らん顔で立ち去るんです。
それがほんとに嫌だった。
とにかくその時点から
義母とわたしは
考え方が違いすぎて
合わなかったのです。
それでもなんとか合わせて来ましたが
数か月後、だんだんお互いに
しんどくなって来たんですよね
義母は自分の思うように動かない私が
鬱陶しくなったんでしょうね
だんだん口調が厳しくなり
辛く当たるようになりました。
もちろんそれだけではなく
おはようございます。と挨拶をしても
完全無視で数日過ごす事もありましたし
当時は携帯電話とかありませんでしたから
実家や友達に電話をすると
わたしたちの部屋まで上がって来て
「どんだけ長電話するの?
電話代、いくらだと思ってるの!」と
怒鳴られる事もしばしば
お仕事の関係で男性とお話する時は
その当時、子機を上げると
通話が聞ける電話だったので
ずーっと盗み聞きされたりもしました。
あと、
ご自分の仲良しの生命保険屋さんを紹介されて
半ば無理やり保険の入り直しをさせられましたっけ。。
でもこれは結果的にお宝保険として
大変助かる事になり、感謝しています(笑)
その当時、
実家近くまで仕事に通っていたのですが
通勤に時間が掛かるし
当然食事の準備が3時ですから
間に合わない事があるわけです。
そんな事から
仕事を辞めるように迫られました。
主人は結婚しても
専業主婦の義母がいるから
桃子は働いていいんだよと言ってくれてましたが
そうは行かなかったんですよね。
主人のいない日に
舅と姑からお小言を言われる日が続き
泣いてばかりの日が続きました。
そんな時
子供が出来たんです。
その件については
とても喜んで下さいましたが
同時に
「この機会に仕事を辞めてしまいなさい」と
追い打ちを掛けるように言われました。
わたしの仕事は資格を生かした仕事だったので
それだけはどうしても続けたかったんです。
それから1か月くらい経ったある日
わたしは、精神的にも疲れてしまい
流産しました。
病院で手術が必要と言われ
義母に報告のために電話をしたのですが
その時の一言が
今でも忘れられないのです。
「ほら、あんたが
そうやって仕事にしがみつくから
子供まで流産したんよ
あんたの実家に
誰か悪い遺伝子があるんじゃない?
うちの息子のせいじゃないからね」
そう言われた事は
まだ頭に残って忘れられません。
ほんとは
忘れて許してしまわなければ
ならないんだと思いますが
何十年経っても
忘れる事は出来ないのです。